VERY・2019年3月号

VERYの3月号を読んだ。これもまた古い。
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VERYは今号に限らず、表紙を見るといつも面白そうな見出しが並んでいて、あっこの記事読みたいなーと思うのだが、実際に中を開けて読んでみると、一つ一つの企画の掘り下げ方がかなり浅くてがっかりすることが多い。

いやほんと、こまごました企画自体は毎号とても面白いし、興味がわくものばかりなのだ。今号も、小一の壁にしろ、通勤お一人様時間の過ごし方にしろ、避難グッズにしろ、ミールキットにしろ、見出しを見るとあれもこれも読みたくなる。でも実際には、それぞれ見開き1ページか、ほんの2,3ページぐらいしかないものばかりでボリュームが全然足りない。ちょっとだけ例を挙げて、それで終わる。ファッション誌の、ファッション以外のジャンルの一企画にそこまでの重みを求めてはいけないのかもしれないが、でもそれだったらネットメディアで十分だと思ってしまう。

まあ、VERYは元々、何よりも家庭を大事にする妻であったり母であったりをターゲットにしている雑誌なので、家庭のことを最優先して忙しい中でも、自分の気になるトピックスについて短時間であっさり読めるようにしている、という配慮なのかもしれない。なんせ、お風呂上がりに自分の髪を乾かす時間も取れないほど時間のない生活を送っている人たち向けの雑誌のようなので(忙しい夜の時間帯に、子供の面倒を見ながらどうやって自分のヘアケアをするかという企画が今号内にあり、髪を乾かすこと自体を完全に諦めている人もいた)、まあそれほど忙しかったら雑誌のページを何度もめくって長めの企画を読み込む時間なんて取れないよな、と納得してしまう部分もある。

子供が泣こうがわめこうが、一時間かかるわけではないんだし髪くらい乾かせばいいのに、と私は思うけれど、それは私の状況下での価値判断であって、人には人の状況と価値観と優先順位がある。



と書いておいて、でも一方で、VERYの前世代的な男女観はまじきついな、とどうしても思ってしまう。

VERYは、以前に比べたら働く母親のことも普通に取り上げるようになってはきたものの、女は結婚したら子供を持って家庭に入り、夫と子供を支える役割になるのが美徳、というような価値観が根底に流れている雑誌である。私はそのことを理解した上で読んでいるつもりではあるのだが、それでもVERYの世界の男女観にはびっくりしてしまうことが多い。


具体的には、

  • 箕輪厚介が「雑誌に載っているような、いい家に住めるくらい稼いで、家でも育児や家事やっている人って現実には存在しない」「妻も満足するくらいそれなりに稼ぐ人って、奇跡的に上位1%くらいの高い年収の企業に入るか、がむしゃらになって何者になるか。その過程で仕事と育児って両立できないですよね。だからイクメンってファンタジー」と言い放ち、「夫は今は子育てをほぼしてくれない」という趣旨の妻の証言とセットでインタビュー記事にされている

勝手に定義を狭めた上で、育児や家事を十分にしている男性は存在しないと言い、また仕事と育児は両立できないという主張がされており、煽り記事だとわかっていながらも素直に驚く。一部の業種やタイトルでほんとうにバリバリ働いている人が育児や家事に割く時間をあまり取れないことはたしかだけど、それはもはや男女関係ないのだが。記事の終盤で彼が言っている、「もっと他人(家事代行とかシッターとか)を頼れ、妥協は大事」という点には同意する、が、であれば女性だって同じく育児や家事をもっとしなくてよくなり仕事と両立しやすくなっていくはずで、なぜ育児家事と仕事を両立する男性だけがファンタジーという言い分になるのか疑問。この人の現実世界には、稼ぐ女性は存在しないことになっているっぽい。

  • 男の子の運動神経の悪さをどうしたらいいのかという企画があるが、女の子についてはそもそも触れられもしない

運動神経が悪いと困るのは男の子だけなのか?そこに男女差はあるのか?ていうか、ほんとに困るのか?困るのは子供自身よりも、男は運動神経がよくないとだめだと思い込んでいる親なのでは?まあ、そういう親を持った子供もたしかにある意味困るだろうが…

  • 男の子ママはここ、女の子ママはここと、子供の性別によって母親が重宝するブランドが違うという企画がある

もちろん実際には企画ありきでそれに合ったブランドのものを身につけて来てもらいそれを撮影しているのだろうが、それにしても子供の性別によって親のアイデンティティの一部が規定されるかのような企画自体にドン引き。男女一人ずつの子を持つ親なんかも出ているのに、都合よく「男の子ママ」「女の子ママ」としてどちらかだけに振り分ける強引さも見られる。


また、これはこの3月号ではなく別の号だが、

  • 「妻のトリセツ」という本の内容について、脳梁の太さを元に男女差を語るという、既に否定されている非科学的な都市伝説を元にした主張がされたインタビュー記事が載っている

もう2019年なんですが。この本がそれなりに売れているのを見ると、こういう古い男女観を価値観の根底に置くことで安心したい層が一定数存在するのはたしかなんだろうが、せめてその根拠には正しいものを持ってきてほしい。


VERYは、子供を持っていたり、これから子供を持つかもしれない世代の女性をターゲットにしている雑誌なのに、その世代がいつまでもこういう男女観にとらわれているのはもったいないなぁと思う。いい母親やいい妻であることを目指している雑誌であることはわかるし、そこを目指したい人は目指せばいいとも思うけれど、これらの企画を読んでいると、じゃあ一体、何がいい母親で、何がいい妻なのか?と考えてしまう。

今の時代に生まれた子供でも、やはり男の子は男の子らしく、女の子は女の子らしく育てるのがいい母親、ということなのだろうか?男らしさ、女らしさって何なのか?男の子が生まれれば運動神経がよくなるように育て、結婚後は育児と家事を息子の妻に全て任せて息子は仕事だけに邁進させる。一方、女の子が生まれれば自分はきちんと女の子の母親らしい格好をし、結婚後は「イクメンなんて存在しない」のだからと育児も家事も家のことは全て娘にワンオペで担わせる。それがVERY読者の目指すところなの?

たしかに、昭和の時代はそうだったのかもしれない。でも、平成の時点でもうそれだけが正解ではなくなっていたし、令和以降はそれが加速していくと思う。



VERYは面白い企画は多いものの、基本的な男女観が相入れなさすぎて、「編集部は本気でそう思ってこの記事を書いているのか?単に煽っているだけなのか?」「最近、他のファッション誌でもわざと炎上を煽るような企画の組み方が散見されるが、そういう雑誌を作ることがほんとうにいい仕事だと思っているのか?」などと勘ぐってしまうのだが、それでもやっぱりそういう部分以外の企画は優れたものが多く、毎号読みたくなってしまう雑誌なのだった。

VERY(ヴェリィ) 2019年 03 月号 [雑誌]

VERY(ヴェリィ) 2019年 03 月号 [雑誌]